【ワンシーン批評】『さすらい』:ヴェンダースが見た70年代ドイツの廃れ行く映画館(ネタバレなし)
はじめに
みなさんこんにちは。ナガです。
今回はですね少し間が空いてしまいましたが、私のオールタイムベスト映画トップ10企画の第8弾です。第8弾という微妙なタイミングで言うのもなんですが、今回紹介する作品が私のオールタイムベスト2、つまりナンバー2の作品です。(ナンバー1は『台風クラブ』です。)
その作品と言うのがヴィム・ヴェンダース監督の『さすらい』という映画です。メインブログの方を読んでくださっている方や、日頃から私のツイートなんかをご覧になっている方は私が大のヴェンダースファンだということを知ってくださっているかもしれません。
そんな私の敬愛するヴェンダース監督の作品の中でもダントツで大好きな作品がこの『さすらい』です。私はこの映画は映画というメディアの1つの完成形だと思っています。それくらいにこれ以上はない完璧な映画だということです。
その魅力を解説し始めると日が暮れてしまいますので、今回はいつも通り映画『さすらい』の中からワンシーンだけをチョイスしてそのシーンについての短評に留めたいと思います。
作品情報
邦題:さすらい
原題:Im Lauf der Zeit
監督:ヴィム・ヴェンダース
脚本:ヴィム・ヴェンダース
製作:ミヒャエル・ヴィーデマン
音楽:アクセル・リンシュテット
撮影:ロビー・ミューラー/マルティン・シェーファー
編集:ペーター・プルツィゴッダ
配給:欧日協会
公開:西ドイツ:1976年3月4日
:日本 :1977年1月26日
上映時間:176分
製作国 :西ドイツ
言語:ドイツ語
今回のワンシーン
70年代ドイツの片田舎。廃れ行く映画館の映写機を修理して回る1人の男と偶然彼と旅を共にすることになった放浪男のロードムービー。彼らの旅と会話と映写機の修理が続くだけの淡々とした映画になぜこれほどまでに惹きこまれるのだろうか。ヴェンダース映画の最高峰であり、彼が映画と向き合った映画でもある。
批評:ヴェンダースが見た70年代ドイツの廃れ行く映画館
ヴィムヴェンダース監督は非常に先見性のある映画監督でした。彼は早くからテレビメディアの台頭を危惧し、映画館ないしフィルム映画を守ろうと行動を起こしました。彼がカンヌ映画祭の時にとあるホテルの666号室で映画監督たちに映画の未来について問うた『666号室』というドキュメンタリー映画はまさにそんな彼の危機感の表れとも取れます。
70年代のドイツの映画館事情というのは非常に厳しいものでした。ヴェンダース自身も映画監督になる前に映画配給の仕事をしていたことがあります。だからこそ彼にはドイツの映画館事情が切迫したものであることが鮮明なビジョンでもって見えていたのです。
当時のドイツの映画館はというと、動員が見込める都市部で有名な映画や評価の高い作品を公開し、動員が見込めない地方の映画館にはいわゆる"ボロ映画"を流し、放映させていました。そのため地方では映画館離れが加速してしまい当時急速に発展を遂げていたテレビメディアへと人々の興味が移ってしまっていました。そうなると映画館経営者は赤字状態になりますよね。劇場の設備は荒れ果て、映画館の運営も支配人の熱意と厚意によって支えられている有様でした。
ヴェンダースはそんなドイツの映画館事情に強い危機感を感じていたと思われます。この『さすらい』という映画にはいわゆる脚本が存在していませんでした。当初あったのは地方の映画館を結ぶ経路を記した地図だけだっと言います。トラックで地方の映画館を巡るだけの映像が映画になると考えたヴェンダースの発想もとんでもないですが、それが実際に映画史に残る傑作になったのだから尚更です。
そんな廃れ行く映画館の姿がこの映画では、寂しく切なく描き出されます。ボロボロの映写機で投影される"ボロ映画"にわずかな観客。取り繕う余裕も無くなりただただ風化していく劇場の設備。映画を愛する全ての人にとって悲しい光景がヴェンダース監督の持ち味であるドライなテイストで映し出されていくのです。
そして今回チョイスしたシーンはとある劇場で主人公らがスクリーンの修理をしていた時のことです。スクリーンの修理が難航し、観客からの野次に耐え切れなくなった彼らは自分たちの即興で影絵をやって見せるんです。これが意外にも観客たちに大うけします。
スクリーンを見つめる人々は大人も子供も関係なくキラキラとした眼差しです。そこにあるのは極めて純度の高い喜びや幸せです。ドイツの片田舎のボロボロの映画館で起こった小さな奇跡は、まさに映画というメディアの可能性を信じたヴェンダースからのメッセージです。
こんなシーンを見せておきながら、本作の終盤で映画館の廃館を決意する支配人の様子が映し出されます。熱意と映画愛だけではどうにもならない金銭的な困窮がそこには確かにあります。
たくさんの人が同時に1つの映像体験を共有できるという貴重な施設がドイツから1つまた1つと姿を消していく様に危機感を感じながらも、映画の可能性を信じ続けるヴェンダース監督の「祈り」が込められた今回のワンシーンでした。
商品リンク
・さすらい
合わせて見てみると面白い作品だと思いますね。
今回も読んでくださった方ありがとうございました。